空間コンピューティングとは? その意味と可能性を解説

「空間コンピューティング」という耳慣れない言葉がテクノロジーやビジネスの文脈で聞かれるようになったのは、2023年6月のこと。アップルの開発者会議「WWDC 2023」で「Vision Pro」が発表されたことがきっかけだった。ティム・クックが発表のなかでこのヘッドセットを「空間コンピューター」と呼んだのだ。

では、空間コンピューティングとは何を指すのか? テック・フューチャリストで、2024年5月には米国で『Spatial Computing: An AI-Driven Business Revolution(空間コンピューティング: AIがもたらすビジネス革命)』[共著・未邦訳]も刊行したキャシー・ハックルに聞いた。


Q. 空間コンピューティングは何を指す言葉なのでしょうか?

A. 新しい技術分野です。

空間コンピューティングの本質を端的に表すならば「3D表現が中心となるコンピューティングの形態である」となります。AIやコンピュータビジョン、拡張現実などの技術を使用し、デジタル体験と物理世界の体験をシームレスに統合します。これらの技術をまとめて「空間コンピューティング」と呼びます。

これにはふたつの重要な側面があります。ひとつは、モバイルコンピューティングが人間のコミュニケーションを変えたように、新しいコンテンツフォーマットによって人同士のコミュニケーションのパラダイムが変わること。

もうひとつは、ヒューマン・コンピュータ・インタラクション(HCI/人とコンピューターのやりとり)が変わることです。これからは物理世界がこれまでにない方法でデジタルに共有されるようになります。つまり、空間コンピューティングは、見て、触れて、感じて、知ることができるすべてのものにコンピューティングを拡張するのです。

Q. 例えばどんな技術が含まれますか?

A. 大きくわけて4つの構成要素があります。

ひとつめはApple Vision Proやスマートグラスを含むハードウェアです。ロボットから自律走行車もここに入ります。より多くの物理世界のデータがデジタル世界に取り込まれるようになれば、それを利用するロボットや自律走行車も変わるからです。

ふたつめはソフトウェアです。生成AI、LLM(大規模言語モデル)、LVM(大規模ビジョンモデル)、LAM(大規模アクションモデル)、2Dフォーマットから3Dフォーマットへの移行、ピクセルからボクセルへの移行、Unity、Unrealなどのゲームエンジンがあります。

3つ目はコネクティビティです。通信会社が大きな役割を果たします。AIを搭載した何百万ものデバイスが物理世界を“見よう”と思うと5Gでは不十分です。6G以上、あるいはエッジコンピューティングやクラウドコンピューティング、これまで以上のWi-Fiが必要になります。

4つ目はデータです。これらの新しいデバイスによって生成されるデータは、データレイク(収集されたビッグデータの保存形式)や物理世界のスキャンを必要とします。モバイルに携わってきたすべての企業が、空間コンピューティングの領域でも役割を果たすことになるでしょう。

IMAGE: CATHY HACKL

Q. ハードウェアはスマートグラスだけではないのですね。

A. あらゆるデバイスが関係しています。

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iPadやAirPodsがモバイルコンピューティングの一部であったように、スマートグラスのようなウェアラブルからオーディオデバイス、クルマ、ロボットなど、あらゆるハードウェアが空間コンピューティングの一部です。コンピューティング、利便性、コミュニケーションのすべてをひとつに統合したハードウェアがない限り、世界を席巻するデバイスは存在しないでしょう。

Q. なぜいま、空間コンピューティングが注目されているのでしょう?

A. AIのためにデータが必要だからです。

シリコンバレーからはAIハードウェアにおける“カンブリア爆発”の兆しが見られます。VCからの投資も熱い。それは、生成AIが過熱気味になり、インターネットからのデータが不足すると、今度は物理世界を常にスキャンしてさらに多くのデータを取得しようとし始めるからです。

つまり、AIハードウェアを制するものがAIを制すると言ってもよいでしょう。これは、モバイルコンピューティングと同じくらい重要な転換点であり、変革の時といえます。iPhoneがなければ、AirbnbもNetflixもありませんでした。AIは空間コンピューティングの重要な構成要素であると同時に、AIにさらなるデータを提供する鍵となります。

アップルは今後すべてのデバイスにAIを搭載する可能性があります。現在の空間ビデオ機能がさらに進化したり、2Dやフラットスクリーンからより脱却したiPhoneを発表したりするかもしれません。

Q. メタバースやデジタルツインとは何が違うのでしょうか?

A. 空間コンピューティングはメタバースやデジタルツインよりも広い技術を含みます。

ワールド・ワイド・ウェブ(WWW)が世界をつなぎ、スマートフォンを基礎とするモバイルインターネットが情報をもち運べるようにしたように、メタバースは空間のインターネットです。メタバース、ミラーワールド、デジタルツインなどいろいろな言葉がありますが、基本的にどれも空間のインターネットの在り方を指しています。

空間コンピューティングはそれより少し広い概念です。例えば、新しいハードウェアや6Gは必ずしもメタバースに必要ありませんよね。空間コンピューティングはインターネットを指すものではないからです。あくまでひとつの要素と考えてください。


キャシー・ハックル|CATHY HACKL
テック・フューチャリスト。行政からナイキやウォルマート、ルイ・ヴィトンといったブランドまで、さまざまな組織・企業のプロジェクトに参加し、ビデオゲームからAR、AI、メタバース、Web3、空間コンピューティングなどの分野で戦略開発を支援してきた。また、ネットワークでつながれた広大な仮想現実(VR)世界が舞台の映画『レディ・プレイヤー1』には「VRエバンジェリスト」として参加している。『Spatial Computing: An AI-Driven Business Revolution』を発売

(Text by Takuya Wada/Interview and edit by Asuka Kawanabe)


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